Steven Paul Jobs

Steav Jobs

スティーブ・ジョブスが亡くなりました。

その名を知ったのは、お世話になったデザイン会社さんでPlusを導入した時でした。macもそうですがその当時は何もかもがアメリカもので、車、ライフスタイル、音楽、アート、食べ物までかっこいいお手本ばかり。

そんな中でも、ジョブスは同じ年と言うこともあってその記事を探して読んでいるうちに、基本的な考え方に共感するようになっていました。それは「楽しませる、楽しむ」こと。

デスクトップというメタファーや「ゴミ箱」、「ペン」、「ビーチボール」などの「アイコン」。驚きでした。さらにはMac用アプリを作るための基本ガイドや画像も提供され、Apple精神を共有したユーザー達がおもしろいアプリをいろいろと作ってリリースしていて、なごみ系から手放せなくなる実用アプリまで毎月MAC系の雑誌についてくるFDのおまけが楽しみでした。
仕事でこんな楽しいパソコンを使ってていいの?と思うくらい使うことが楽しかった。

毎月発売されるMACLIFEやPOWERMACなど、元気なMAC雑誌は情報が多く他のデザイン的な記事も掲載されていて隅から隅までよく読みました。
ジョブスは逝ってしまって悲しく寂しいのですが、これからのAppleがどうなるのか心配で心配でたまりません。

スティーブ・ウォズニアック(写真左)とのツーショット。
ウォズニアックの笑顔とは対照的に、なにか企んでるような目をしたジョブス。
無料長距離電話装置をウォズにつくらせ、学生達に売ってひともうけしたジョブス。ゲーム回路をウォズに作らせ報酬をピンハネしたジョブス。そしていっしょにAppleを創った。ウォズがいなければ何もできなかったくせに。



下の写真は、ジョブスとビルアトキンソン。MacPaintとHyperCardを作った人です。
この写真から予測できるように、ビルはまもなくAppleを辞めて自分の会社を作るのですが、その会社も当時わくわくするようなPDAのOSを作っていましたが成功したのかな。



MACのフォント(Chicagoほか)とアイコン(Happy Mac)、などのデザインを担当した女性 SusanKare
http://www.kare.com/portfolio/03_apple_macicons.html

Machintoshで特徴的なものは「アイコン」。その小さな「絵」でそれをクリックするとどこへ行くのか、どうなるのかを感覚的に教えてくれる「象徴」である。今やiPoneのインターフェイスには欠かせない核になっているそれ。
あまり見たくはなかったが昔はベタな丸い爆弾がよく出たけど、「まいいや」という感覚は、あきらめではなくユーモアをそこに感じたからだと思う。



仕事で使えるMacが出たのは、Aldus社が開発したPostScriptができてからだ。PageMakerを使ってレーサーライターから出力されたものは、ジャギーがなくきれいなラインだった。これからはDTPの時代だと確信したのが1987年頃。IIciは魔法の箱でした。
ぺーセメントやマーカーはもういらないのだ!!いらないと言えばジョブスもAppleからいらない!と言われたのが1985年。

コンピュータ歴史博物館